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大阪高等裁判所 昭和45年(ネ)1696号 判決 1972年9月27日

控訴人 玉越精一

右訴訟代理人弁護士 青木美夫

同 山口吉美

被控訴人 金沢こと金尚淑

右訴訟代理人弁護士 松隈忠

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする、」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

≪以下事実省略≫

理由

一、控訴人の被控訴人に対する債務名義として「金一、九六四、三七五円(貸金元本)およびこれに対する昭和三四年八月一一日から支払ずみまで年一割五分の割合による金員(利息)を支払え」との内容の大阪地方裁判所昭和三四年(ワ)第三、九五六号貸金請求事件の確定判決が存在し、控訴人が右債務名義にもとづく貸金元金一、九六四、三七五円およびこれに対する昭和三四年八月一一日から昭和三八年九月一〇日までの利息金一、二〇三、一七九円の合計三、一六七、五五四円を執行債権として、同月二〇日大阪地方裁判所に、被控訴人の訴外株式会社蓼に対する金一、〇〇〇万円の根抵当権付債権のうち金三、一六七、五五四円につき差押転付命令を申請し、これにもとづいて発せられた本件差押転付命令が、債務者である被控訴人に同月二六日、第三債務者である蓼には同年一〇月八日にそれぞれ送達せられたこと、しかし右蓼に対する送達前の同年九月二七日(被控訴人への送達の翌日)に被転付債権が被控訴人から訴外ナニワ観光事業株式会社に譲渡せられたことは当事者間に争いがない。

二、控訴人は、前記債権譲渡により、本件差押転付命令は執行不能となり、転付命令は効力を生じないから、控訴人は依然として本件債務名義にもとづく債権を有していると主張するのに対し、被控訴人は、前記債権譲渡は第三者に対する対抗要件を具備していなかったから、転付命令は有効であり、これによって本件債務名義にもとづく債権は消滅した旨抗争し、さらにこれに対して控訴人は、被控訴人の右主張は前訴(大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第一一四三号事件)の既判力に牴触すると主張するので、まず、控訴人の右既判力の抗弁について判断するに、≪証拠省略≫によると、昭和四二年六月二六日に言渡された前訴の判決は、控訴人が被控訴人を被告として、前示債権譲渡のため、控訴人は蓼から被転付債権の弁済を受けることができないのに、転付命令により執行債権は弁済したものとみなされ、反面被控訴人は、債務相当額を支払わないのに弁済したことになるという利得を得ているとの理由で、転付債権額と同額の不当利得の返還を請求したのに対し、その請求を棄却したもので、その理由として、控訴人主張の事実によれば、本件転付命令は弁済とみなす効果を生ぜず、執行債権はなお存在し、控訴人に損害はないから、不当利得返還請求権は発生しない旨を判示したものであることが明らかである。すると、前訴判決による既判力を生じるのは控訴人主張の不当利得返還請求権の存否に限られ、債権譲渡により転付命令が効力を生ぜず、執行債権が依然として存在するとの点は、理由中の判断にすぎず、既判力を生じないものというべきであるから、控訴人の既判力の抗弁は理由がない。

控訴人は、さらに、被控訴人の前記債権譲渡の対抗要件欠缺による転付命令の優先とこれによる執行債権消滅の主張は、信義則ないし禁反言の原則に反して許されないと主張するけれども、≪証拠省略≫によると、被控訴人は前訴において、単に控訴人の主張事実をすべて認めたうえ、法律上の主張として、被転付債権は差押転付当時すでにナニワ観光に譲渡され、存在しなかったから、転付の効力を生ぜず、執行債権は弁済されたとはみなされない旨を主張したにとどまり、確定日付ある証書による債権譲渡の通知や承諾等の対抗要件の具備についての具体的事実を主張していたわけではなく、むしろ前訴においては、両当事者ともに対抗要件の存在を全く問題にしていなかったことが認められ、しかも前訴判決が、控訴人主張事実自体から不当利得返還請求権の成立を否定して控訴人の請求を棄却したものであることは前認定のとおりである。以上の事実に後記認定のとおり当時被控訴人が抵当権付債権の譲渡を第三者に対抗するためには、抵当権移転の登記よりも、通常の債権譲渡の対抗要件を備える必要があることを知っていたとは認められないことならびに被控訴人が前訴において、のちに他の財産が差押えられた場合には、前記債権譲渡の対抗要件の不備を主張して執行回避をはかる意図のもとに、ことさら対抗要件の問題に触れないことにして、前記のような主張をしたと認めうる証拠も存在しないことを併せ考えると、被控訴人が本訴において、あらたに、債権譲渡につき第三者に対する対抗要件を欠いているから、債権譲渡を転付命令に対抗できず、転付命令は有効で、執行債権は消滅したと主張するに至ったとしても、これをもって信義則あるいは禁反言の原則に反して許されないものとすることはできない。

そこで、第三債務者への転付命令送達前に債権譲渡があったが、第三者に対する対抗要件が具備されていない場合に、控訴人主張のように転付命令が無効となるのか、被控訴人主張のように有効で、執行債権消滅の効果を生じるかの点について判断するに、債権の転付命令は、執行債権の弁済にかえて、被転付債権を券面額で差押債権者に移転する移付命令なのであり、第三債務者に対する転付命令の送達と同時に、被転付債権の差押債権者への移転ならびに執行債権が弁済されたものとみなされるという効果を確定的に生じさせ、かつこの債権移転の効果は国家の執行行為によって発生するものであるから、民法上の対抗要件を要せずして第三者に対抗できるものであるところ、第三債務者に対する転付命令送達のときまでに、すでに被転付債権が債務者から他に譲渡されていたとしても、その債権譲渡につき第三者に対する対抗要件がまだ具備されていない場合には、譲受人は、債権の取得につき競合する関係にたつ執行債権者に対し、当該債権譲受をもって対抗することができないのであるから、執行債権者との関係では、右債権は依然として債務者の責任財産として把握すべきことになり、転付命令のもつ被転付債権の移転と執行債権の弁済擬制の効果は、第三債務者に対する転付命令の送達と同時に有効に生じ、かつ右移転の効果は譲受人に優先するものといわねばならない。もとより、対抗要件は、単にそれを欠く者の権利取得を第三者において否定できるという効果をもつにとどまり、被転付債権の移転の効力のみに限定して考える場合には、第三者の側から、これと牴触すべき対抗要件を欠く取得者の権利を認めることは、元来なんら差支えがない筈のものであるけれども、転付命令が併せてもつ前記弁済擬制の効果は、第三債務者に対する転付命令の送達と同時に自動的、確定的に発生し、当事者において、それ自体として、その効力を選択、左右することができないものと解すべきであって、転付命令が第三債務者に送達されて、前記効果が一旦発生した以上、執行債権者が新たな処分行為として、その効力を放棄し、自己の負担において、譲受人の債権の取得を認めることは別論として、執行行為の効力そのものとしては、転付命令により一旦発生した被転付債権の移転と執行債権の弁済擬制の効果を覆えすということも許されないのである。従って、訴外ナニワ観光に対する前記債権譲渡により、それが第三者に対する対抗要件を備えていたか否かにかかわりなく、転付命令は無効で、執行債権消滅の効果は生じなかったとする控訴人の主張は理由がなく、本件転付命令が第三債務者蓼に送達されるより以前に、ナニワ観光に対する債権譲渡の対抗要件が具備されていたのでない限り、被控訴人主張のように、本件転付命令は有効に被転付債権の移転と執行債権の弁済擬制の効果を生じ、本件債務名義にもとづく債権は消滅に帰したものといわねばならない。

三、そこで、本件債権譲渡につき、蓼に対する転付命令送達前に第三者に対する対抗要件を具備していたとの控訴人の主張について判断をすすめる。

(一)  控訴人は、対抗要件充足行為を具体的に主張するものではなく(譲渡の通知と承諾のいずれであったかも明らかにしない)、間接的な事実からなんらかの対抗要件の具備があったと主張するのであるが、≪証拠省略≫によると、本件土地は、株式会社蓼の代表取締役であった鶴山郁子が所有していたものであって、兵庫相互銀行に対して控訴人主張(イ)(ロ)(ハ)の、第一貯蓄信用金庫に対して同(ニ)(ホ)の各根抵当権設定登記がなされ、(イ)(ロ)(ハ)の各根抵当権については、被控訴人が昭和三八年五月一七日、控訴人主張の確定債権額を代位弁済することによってこれを取得し、同年六月一七日その旨の移転付記登記(但し、(ロ)(ハ)の確定債権額には誤りがあったので同月二七日更正登記)を経由し、同年九月二七日被担保債権とともにこれをナニワ観光に譲渡して、同月二八日その旨の移転付記登記を経由し、(ニ)(ホ)の各根抵当権については、同年九月五日控訴人主張のとおりの確定債権とともにナニワ観光が前記信用金庫から直接譲り受けて同月六日その旨の移転付記登記を経由し、さらに昭和三九年八月一七日、ナニワ観光が兵庫相互銀行に対し、本件土地につき金五、〇〇〇万円の貸金債権を担保する抵当権設定登記と、右抵当権のために前記(イ)ないし(ホ)の根抵当権の順位を譲渡する旨の付記登記を経由したこと、しかし、被控訴人が(イ)(ロ)(ハ)の被担保債権を代位弁済したのは、兵庫相互銀行から強く返済を求められて困っていた蓼の依頼によるものであったが、それは被控訴人と蓼との間の初めての取引であり、しかも右代位弁済後間もなく、被控訴人と蓼ないしはその代表取締役の鶴山との間に紛争を生じ、鶴山は同年八月二〇日本件土地の所有名義を訴外秦基鳳に移転し、その後間もなく同訴外人の申請にもとづき被控訴人に対する現状維持の仮処分が執行されるに至り、その対抗手段として、本件差押転付命令申請より以前の同年九月六日、被控訴人が実権をもつナニワ観光において、第一貯蓄信用金庫から前記(ニ)(ホ)の根抵当権移転の付記登記を受けるとともに代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記(前記秦基鳳の所有権移転登記に優先)の移転付記登記を受けたこと、従って、本件差押転付命令が被控訴人に送達された当時、被控訴人と蓼とは、わずか一両日のうちに相い通じて、本件転付命令の効力発生を妨害するため、被転付債権の譲渡を図りうるような親密な関係にはなく、債権譲渡につき蓼の承諾はなかったものと認められ、反証はない。控訴人は、被控訴人が右認定のような抵当権付債権の代位弁済による抵当権の取得、抵当権付債権の譲渡、抵当権の順位譲渡などの困難な取引をしているところからみて、当然、債権譲渡の対抗要件も整えられていた筈であると主張するけれども、右主張は単なる想像の域を出るものではなく、かえって被控訴人本人は、本件債権譲渡当時、抵当権付債権を譲渡するには、抵当権の移転付記登記のほかに、通常の債権譲渡の対抗要件の手続が必要なことを知らなかったので、蓼に対して債権譲渡通知の内容証明郵便を送っていない旨供述しており、他にこの供述を排斥して、被控訴人が当時、本件債権譲渡を第三者に対抗するためには確定日付ある証書による債権譲渡通知が必要であることを知っており、かつその通知をなしたと認めうる的確な証拠はない。また、昭和四二年六月二六日に判決言渡のなされた前訴(大阪地方裁判所昭和四二年(ワ)第一、一四三号不当利得返還請求事件)において、被控訴人が、被転付債権は差押転付当時すでにナニワ観光に譲渡されて存在していなかったから、転付の効力を生ぜず、執行債権が弁済されたとみなすことはできない旨を主張していたとはいえ、具体的に確定日付ある証書による債権譲渡の通知や承諾の事実を主張したわけではなく、前訴においては対抗要件の存否は全く問題にされていなかったことは前認定のとおりであり、このことに、被控訴人が当時抵当権付債権の譲渡に通常の債権譲渡の対抗要件の手続が必要なことを知らなかった旨の被控訴人本人の前記供述を併せ考えると、被控訴人が前訴において右のような主張をしたことから、確定日付ある証書による債権譲渡の通知または承諾がなされていたものと推測することはできない。

(二)  控訴人は、債権譲渡を原因とする抵当権移転の登記は、確定日付ある債権譲渡の通知書または承諾書が提出されて、はじめて登記申請を受理する取扱いがなされているから、本件の場合も抵当権移転の登記がなされている以上、右通知書または承諾書が存在していた筈であると主張するが、右のような取扱いの存在を認めうる証拠はなく、かえってかかる書面の提出を必要としない旨の明治三二年九月一二日司法省民刑局長回答(明治三二年民刑第一六三六号)に徴すると、控訴人主張のような取扱が行われているわけではないことが窺われ、控訴人の右主張は理由がない。

従って、本件債権譲渡につき、確定日付ある証書による通知または承諾による対抗要件が具備されていた旨の控訴人の主張は、その立証がないことに帰し、採用できない。

(三)  控訴人は、さらに、本件根抵当権につき移転付記登記がなされ、根抵当権が金一、〇〇〇万円の確定債権とともにナニワ観光に譲渡された旨不動産登記簿に登録されたから、これによって本件債権譲渡は第三者に対抗しうるものになったと主張するけれども、抵当権付債権につき債権譲渡がなされた場合に、たとえ抵当権移転の登記がなされたとしても、債権につき確定日付ある証書による譲渡人の債務者に対する通知または債務者の承諾のない限り、債権の譲受をもって第三者に対抗できず、その結果として、かえって抵当権移転の付記登記にもかかわらず、抵当権の取得をも第三者に対抗できないこととなるものと解すべきであって、これに反する控訴人の主張は採用できない。

四、そうすると、本件債務名義たる前記確定判決にもとづく債権は、本件転付命令が第三債務者である株式会社蓼に送達されたことにより弁済されたものとみなされ、消滅に帰したものというほかはないから、前記確定判決の執行力の排除を求める被控訴人の請求は正当として認容すべきものであって、これと結論を同じくする原判決は相当であり、控訴は理由がないものとしてこれを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宮川種一郎 裁判官 日野達蔵 平田浩)

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